Research Results 研究成果
金沢大学がん進展制御研究所/新学術創成研究機構の後藤典子教授,東京医科大学分子病理学分野の黒田雅彦主任教授,東京大学医科学研究所の東條有伸教授(研究当時, 現:東京大学名誉教授,東京医科歯科大学副理事?副学長),東京大学特命教授?名誉教授の井上純一郎教授,国立がん研究センター造血器腫瘍研究分野の北林一生分野長,九州大学病態修復内科学の赤司浩一教授,慶應義塾大学医学部先端医科学研究所遺伝子制御研究部門の佐谷秀行教授らの共同研究グループは,乳がん発症に必須の超早期の微小環境を作り出すメカニズムを発見しました。
世界中の研究者の努力によりがんの病态が解明され,新たな治疗法が次々と开発されているものの,一旦発症したがんを根治することは多くの场合困难です。そのため,多くのがん患者は再発転移により命を落とします。がんの発症を予防し,超早期に治疗できれば,がんを根治して死亡数を激减させられると期待されます。しかし,乳がんをはじめ多くのがんにおいて,がん発症の超早期にがん细胞が増殖を开始する分子机构が不明であるため,根治できる予防法,超早期治疗法の开発に至っておりません。
本研究では,乳がん発症の超早期に,间质细胞,免疫细胞などが集まる微小环境(がん细胞を取り囲むいわゆるニッチと呼ばれる场)が作り出される仕组みを分子レベルで明らかにしました。さらにこのがん発症の超早期微小环境が贵搁厂2β(※1)という分子によって整えられることが,がん细胞が増殖を开始するために必须であることを示しました。
これらの知见は将来,がん予防,超早期がんの诊断治疗に活用され,がんの扑灭に寄与することが期待されます。
本研究成果は,2021年10月18日の週(米国東部標準時?夏時間)に米国科学アカデミー機関誌の『Proceedings of National Academy of Sciences, USA』のオンライン版に掲載される予定です。
研究の背景
「がん予防」は,最も重要で费用対効果に优れた长期的施策とされており,避けられるがんを防ぐことが重要であると考えられています。しかし多くのがんにおいて,前がん病変や超早期のがんが増殖を开始する分子机构が未だ不明のため,分子机构に根ざしたがん発症予防法の开発には至っておりません。
近年,がん组织は,干细胞の性质を持つがん细胞(いわゆるがん干细胞様细胞)が分化増殖を繰り返して构筑されると考えられつつあります。がんの病态の始まりも,がん干细胞様细胞が発生し増殖を开始することと考えられています。がん干细胞様细胞は,周囲に集まった间质细胞,免疫细胞などが作る微小环境より产生されるサイトカインなどの影响を受けることが知られているものの,その実态は不明でした。
研究成果の概要
本研究グループは,乳がん细胞を取り巻く微小环境の実态を调べていく过程で,乳腺のごく少数の细胞に,细胞内シグナル分子贵搁厂2βが発现していることを见出しました。
次に,乳腺特异的に细胞膜受容体型チロシンキナーゼ贬贰搁2/贰谤产叠2を过剰発现することで,乳がんを自然発症する乳がんモデルマウス惭惭罢痴-贰谤产叠2を用いて,超早期がんの乳腺微小环境を调べました。その结果,贵搁厂2βは细胞内の小胞上で,炎症性マスターレギュレーター転写因子狈贵办叠を强く活性化することが分かりました。贵搁厂2βによって活性化した狈贵办叠は,炎症性サイトカインを产生,これらの炎症性サイトカインが细胞外へ放出されると,そこへ间质细胞や免疫细胞が引き寄せられることが分かりました。この状态の乳腺に乳がん干细胞様细胞を移植すると,一ヶ月以内に大きい肿疡块ができあがりました。一方,贵搁厂2βを欠失した乳腺に,乳がん干细胞様细胞を移植しても,全く肿疡ができてきませんでした(図)。このことから,がん干细胞様细胞が増殖を开始するためには,贵搁厂2βが乳腺细胞内で狈贵办叠を活性化して超早期の微小环境を作ることが必要であることが分かりました。これらの结果から,乳がん発症には,贵搁厂2βによって整えられる乳腺微小环境が极めて重要であることが明らかとなり,超早期微小环境の実态を纽解く成果が得られました。
今后の展开
現在,乳がんの早期病変Ductal carcinoma in situ (DCIS)(※2)はマンモグラフィで見つけることができます。しかし,DCIS内のがん細胞が,その後増殖して悪性の浸潤がんになっていくかどうか見極めがつかないため,手術という侵襲性の高い治療法しか選択肢がなく,実臨床における問題となっています。このDCISを取り囲む微小環境内のFRS2β-NFkB軸の活性の強弱により,手術の必要性の有無を判断できる可能性があります。
本研究をさらに発展させることにより,乳がん発症前に整えられている乳腺微小环境を标的とする治疗を行うことが可能になると考えられます。ひいては乳がんの発症予防,早期の治疗が実现し,従来であれば乳がんにより命を落としていた人々が救われることが期待されます。
谢辞
本研究は,日本医療研究開発機構(AMED)2016-2018年 革新的がん医療実用化研究事業,2018-2019年,2021-2022年 次世代がん医療創生研究事業,文部科学省科学研究費などの支援のもとで行われました。
図 贵搁厂2βが作り出す乳がん発症の超早期の微小环境
乳がんマウスモデルMMTV-ErbB2の乳腺の超早期の微小環境に現れたがん幹細胞は増殖して腫瘍塊を作る(左)。一方,FRS2βを欠失したMMTV-ErbB2/Frs2β -/-乳腺は,超早期の微小環境が構成されず,がん幹細胞が現れても増殖しない(右)。